労務

裁量労働制とフレックスタイム制の違いとは?間違えた運用で「後から多額の残業代請求」になる落とし穴

裁量労働制とフレックスタイム制の違いとは?間違えた運用で「後から多額の残業代請求」になる落とし穴

「エンジニアだから裁量労働制にしている」

「フレックスも裁量労働も、働く時間を本人に任せる制度だから似たようなもの」

このように考えていませんか?

フレックスタイム制と裁量労働制は、どちらも柔軟な働き方を実現する制度ですが、労働時間の考え方はまったく異なります。

特に注意したいのが裁量労働制です。

裁量労働制は、会社が自由に対象者を決められる制度ではありません。

対象となる業務や導入手続きが法律で細かく定められており、要件を満たしていないまま「裁量労働制だから残業代は出ない」と運用していると、後から未払い残業代が問題になる可能性があります。

現在、割増賃金を含む賃金請求権の消滅時効は、法律上5年とされたうえで、当分の間は3年です。

従業員数が増えてから誤運用に気づけば、過去分の金額も大きくなりかねません。

この記事では、社会保険労務士の視点から、

  • フレックスタイム制と裁量労働制の違い
  • 「名ばかり裁量労働制」になりやすいケース
  • 勤怠SaaSを導入しても労務リスクがなくならない理由
  • AIを使って就業規則や労務リスクをチェックする方法

を解説します。

フレックスタイム制と裁量労働制の決定的な違い

最大の違いは、フレックスタイム制が「実際に働いた時間を集計する制度」であるのに対し、裁量労働制は一定の要件のもとで「あらかじめ決めた時間働いたものとみなす制度」であることです。

「出社・退社時刻を自由に決められる」という表面的な部分だけを見ると似ていますが、労働時間や残業代の計算方法は大きく異なります。

フレックスタイム制裁量労働制
基本的な考え方始業・終業時刻を労働者が決める業務の遂行方法・時間配分を本人の裁量に委ねる
労働時間実際に働いた時間を集計原則としてあらかじめ定めた時間を働いたものとみなす
対象者職種による法定の限定なし法律上の対象業務に限定
残業代清算期間の実労働時間に応じて判断みなし時間、深夜・休日労働等に応じて判断
主な導入手続き就業規則等への規定+労使協定専門業務型・企画業務型それぞれ所定の手続き
勤怠把握必要必要

誰にでも適用しやすい「フレックス」vs 対象業務が限定される「裁量労働」

フレックスタイム制と裁量労働制の大きな違いの一つが、対象者の範囲です。

フレックスタイム制には職種による法定の制限はありませんが、裁量労働制は法律で定められた一定の業務にしか適用できません。

フレックスタイム制は、職種に関係なく導入できる

フレックスタイム制は、一定の清算期間について総労働時間を定め、その範囲内で、労働者が日々の始業・終業時刻を決める制度です。

たとえば、清算期間を1か月、総労働時間を160時間と定めている場合、ある日は6時間、別の日は10時間働くといった柔軟な働き方ができます。

残業時間についても、原則として「1日8時間を超えたか」だけではなく、清算期間全体の実労働時間をもとに判断するのが特徴です。

また、裁量労働制とは異なり、「研究職でなければ使えない」「エンジニアでなければ使えない」といった職種・業務による法定の制限はありません。

裁量労働制は、法律で定められた業務にしか適用できない

一方、裁量労働制は、会社が希望する従業員に自由に適用できる制度ではありません。

裁量労働制には、

  • 専門業務型裁量労働制
  • 企画業務型裁量労働制

の2種類があり、それぞれ対象となる業務や導入要件が定められています。

たとえば専門業務型裁量労働制の対象となるのは、研究開発、システム分析・設計、デザイナーなど、省令・告示で定められた20業務です。

そのため、

「勤務時間を本人に任せたい」

「エンジニアだから裁量労働制にしよう」

という理由だけで導入することはできません。

職種名ではなく、従業員が実際に行っている業務が裁量労働制の対象業務に該当しているかを確認する必要があります。

つまり、柔軟に始業・終業時刻を決めてもらうことが目的ならフレックスタイム制、一定の専門業務などについて仕事の進め方や時間配分そのものを本人の裁量に委ねる場合に検討するのが裁量労働制です。

裁量労働制なら残業代を払わなくていい?

「裁量労働制=残業代ゼロ」ではありません。

みなし労働時間が法定労働時間を超える場合や、深夜・休日に働いた場合などには割増賃金が必要になります。

たとえば専門業務型裁量労働制で「1日9時間働いたものとみなす」と定めている場合、法定労働時間8時間を超える部分については、36協定の締結・届出や割増賃金の支払いが必要です。

また、裁量労働制であっても、22時から翌5時までの深夜労働や法定休日労働についてまで自由に「みなし」にできるわけではありません。

実際の労働に応じた割増賃金が必要です。

「裁量労働だから勤怠を取らなくていい」という考え方も危険です。

長時間労働の把握や健康・福祉確保措置、深夜・休日労働の把握などのため、裁量労働制でも労働時間の状況を把握する必要があります。

スタートアップで特に注意したい「名ばかり裁量労働制」による未払い残業代リスク

裁量労働制で最も怖いのは、会社側では制度を導入しているつもりでも、法律上の要件を満たしていないケースです。

就業規則に「裁量労働制」と書いてあるだけ、雇用契約書に「裁量労働」と記載しているだけでは足りません。

特に、組織や職種が急速に変化するスタートアップでは注意が必要です。

たとえば入社時には裁量労働制の対象業務を担当していたエンジニアが、組織拡大後にはマネジメントや顧客対応など別の業務を中心に担当しているケースがあります。

「職種名がエンジニアだから大丈夫」ではなく、実際にどのような業務を行っているのかまで確認しなければなりません。

「エンジニア」「デザイナー」という肩書だけでは判断できない

裁量労働制に該当するかどうかは、肩書ではなく実際の業務内容で判断します。

たとえばIT関連業務でも、すべてのエンジニアが自動的に専門業務型裁量労働制の対象になるわけではありません。

制度上の対象業務に当たることに加えて、「業務遂行の手段や時間配分について、使用者が具体的な指示をすることが困難な業務」である必要があります。

にもかかわらず、

「9時には必ず仕事を開始してください」

「この作業を10時まで、この作業を12時までに行ってください」

「すべて上司の指示どおりの手順で進めてください」

と業務の進め方や時間配分を細かく指示しているのであれば、そもそも裁量労働制の趣旨との整合性を確認する必要があります。

2024年4月から専門業務型でも本人同意が必要

現在は専門業務型裁量労働制についても、対象労働者本人の同意を得ることが必要です。

2024年4月の改正により、専門業務型裁量労働制にも本人同意の手続きが導入されました。

また、本人が同意しなかったことを理由として、不利益な取り扱いをしてはいけません。

以前から制度を導入している企業ほど、

「昔作った就業規則のまま」

「以前締結したルールのまま運用している」

という状態になっていないか、一度確認しておきたいところです。

誤運用を放置すると「数年後にまとめて」が怖い

未払い残業代の問題は、1か月分だけではなく、過去分が積み重なることが大きなリスクです。

現在の賃金請求権の消滅時効は当分の間3年とされています。

仮に1人あたり月3万円の未払いが発生していたとすれば、

3万円 × 36か月 = 108万円

です。

対象者が10人なら、単純計算で1,080万円になります。

もちろん実際の未払い金額は個別の労働時間や賃金額、制度の有効性などによって異なりますが、会社が大きくなってから誤りを修正しようとすると、影響も大きくなります。

だからこそ、従業員が数十人、数百人になってからではなく、制度を作る段階で正しく設計しておくことが重要です。

勤怠SaaS・給与SaaSを入れても「手作業」と労務リスクが残る理由

勤怠SaaSや給与SaaSを導入しただけでは、労務管理は自動化できません。

ツールは「設定されたルール」に従って計算するため、最初の制度設計や設定そのものが間違っていれば、その間違いまで自動化してしまうからです。

これは、実際に給与計算や労務管理の現場を見ていて非常によく感じるポイントです。

SaaSの問題ではなく「会社独自ルール」が壁になる

実際に労務業務を見る中でも、SaaSを導入しているのに手作業が残っている会社には、会社独自のルールが複雑に存在していることがあります。

たとえば、

  • 「役職手当」という名称になっているものの、実態としては固定残業代として運用している。
  • ある部署だけ勤怠の集計ルールが違う。
  • 昔からの運用をそのままシステム外のExcelで計算している。

このような状態です。

そのまま新しい勤怠システムに移行すると、

旧システム → 新システム

に変わっただけで、毎月のExcelチェックや手計算は残ります。

大切なのは「どのSaaSを使うか」よりも前に、

  • そもそもこの勤怠ルールは正しいのか。
  • この手当は何のための手当なのか。
  • この制度設計で労働基準法上問題がないのか。

を整理することです。

「ツールに業務を合わせる」だけでは解決しない

私が労務SaaSを導入するときに特に重視しているのは、初期の前提設計です。

フレックスタイム制であれば清算期間や総労働時間、対象者などを正しく整理する。

裁量労働制であれば、対象業務やみなし労働時間、実際の運用状況を確認する。

給与計算であれば、それぞれの手当の性質を確認する。

ここを曖昧にしたまま「システムに入るように会社の運用を変える」と、後から別の場所で歪みが出てきます。

SaaSを入れることがDXなのではなく、会社のルールそのものを整理したうえで、機械に任せられる部分を機械に任せることが重要です。

就業規則の不備・労務リスクをAIでチェックする方法

AIは、就業規則や勤怠ルールを人間に代わって最終判断するものではありません。一方で、「規程同士の矛盾」「確認すべきポイント」「制度と実運用のズレ」を洗い出す一次点検には非常に向いています。

数十ページある就業規則や賃金規程、育児介護休業規程などを人が毎回ゼロから読み比べるのは大変です。

そこでAIを「最初のチェック担当」として使います。

STEP1:就業規則だけでなく「実際の運用」も整理する

就業規則の文章だけをAIに読ませても、労務リスクのすべては見つかりません。規程と実際の運用の両方を確認することが重要です。

たとえば裁量労働制なら、

  • 対象者はどの職種か
  • 実際にどんな業務をしているか
  • 始業・終業について会社がどこまで指示しているか
  • みなし労働時間を何時間としているか
  • 深夜・休日労働をどのように把握しているか
  • 本人同意を取得しているか

といった情報も必要になります。

STEP2:AIで「制度と運用のズレ」を一次点検する

AIには「正しい答えを出してもらう」のではなく、「人間が確認すべき箇所を絞り込んでもらう」という使い方がおすすめです。

たとえば、

この就業規則の裁量労働制に関する規定と、現在の運用内容を比較し、法的な確認が必要と思われる項目を一覧にしてください

といった形でチェックします。

すると、

  • 「対象業務の確認が必要」
  • 「本人同意について規定がない」
  • 「勤怠管理方法を確認した方がよい」

など、人間が詳しく確認すべき箇所を抽出しやすくなります。

大量の規程を最初からすべて人間が確認するより、効率的にリスクのある場所へたどり着けます。

STEP3:最後は社会保険労務士などの専門家が確認する

AIによるチェックだけで就業規則を変更したり、裁量労働制の適法性を判断したりするのはおすすめしません。

最終判断には、人間による確認が必要です。

法律上の判断では、

「規程にどう書かれているか」

だけではなく、

「実際にどのように働いているか」

が重要になるからです。

AIには資料の要約、比較、抜け漏れチェック、アラート検知を任せる。

そのうえで、従業員への説明や制度設計、最終的な判断は人間が行う。

このHuman in the Loopの考え方が、人事労務領域でAIを活用するときには特に重要だと考えています。

裁量労働制とフレックス、どちらを導入すればいい?

「自由な働き方をさせたい」という理由だけであれば、まずフレックスタイム制が目的に合っていないか検討するのがおすすめです。

裁量労働制は、対象業務や業務の進め方まで含めて制度要件を満たす場合に利用する制度です。

たとえば、

「朝型の人は7時から働き、子どもの送迎がある人は10時から働けるようにしたい」

という目的であれば、始業・終業時刻を本人が決められるフレックスタイム制が選択肢になります。

一方、

「高度な専門業務について、仕事の進め方や時間配分そのものを本人に大幅に任せたい」

という場合には、対象業務に該当することを確認したうえで裁量労働制を検討します。

制度名から決めるのではなく、

「会社としてどのような働き方を実現したいのか」から逆算して制度を選ぶこと

が大切です。

よくある質問

Q. 裁量労働制ならタイムカードは不要ですか?

いいえ。裁量労働制でも労働時間の状況を把握する必要があります。

裁量労働制を適用する場合でも、深夜・休日労働に対する割増賃金の支払いは必要です。

また、長時間労働による健康リスクへの対応も必要で、そのためには労働時間を把握しておく必要があります。

「みなし労働時間だから何時間働いたか確認しなくてもよい」という意味ではありません。

Q. フレックスタイム制なら1日8時間を超えても残業になりませんか?

フレックスタイム制では、原則として1日単位ではなく清算期間全体で時間外労働を判断します。

ただし、清算期間が1か月を超える場合には追加の上限ルールがあります。

清算期間は最大3か月で、1か月を超える場合は、清算期間を1か月ごとに区分した各期間について週平均50時間を超えないことなどの要件があります。

Q. 裁量労働制を導入すれば残業代を削減できますか?

残業代削減を目的として裁量労働制を導入することはおすすめできません。

裁量労働制は「残業代を払わなくてよい制度」ではなく、仕事の進め方や時間配分を労働者の裁量に委ねる必要がある特定の業務について、労働時間をみなし時間で算定するための制度です。

制度要件を満たさない運用をしてしまえば、むしろ未払い残業代という大きな労務リスクにつながります。

まとめ|「制度を入れる」より先に、今の運用を確認する

フレックスタイム制と裁量労働制は、どちらも柔軟な働き方を実現できますが、仕組みはまったく異なります。

フレックスは実際に働いた時間を清算期間で管理する制度。

裁量労働制は対象業務が限定され、一定の要件を満たした場合にあらかじめ決めた時間働いたものとみなす制度です。

そして、最も避けたいのが、

「就業規則には書いてあるから大丈夫」

「勤怠SaaSを入れているから大丈夫」

「昔からこの運用だから大丈夫」

という状態です。

労務リスクは、システムを入れただけではなくなりません。

規程・制度・システム設定・実際の働き方が一致しているか。

ここまで確認して初めて、安心して自動化を進めることができます。

AIを使えば、就業規則や大量の社内ルールの一次点検は以前より大幅に効率化できます。

だからこそ、人事担当者がすべてを手作業で確認し続けるのではなく、AIに任せられるチェックはAIへ。

そして浮いた時間を、制度設計や従業員とのコミュニケーションなど、人にしかできない「攻めの組織づくり」へ使っていく。

これが、これからの人事労務に必要な考え方だと私たちは考えています。

勤怠・労働時間制度についての記事はこちらもご覧ください。

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Conduct

植西 祐介
コンダクトグループ(株式会社コンダクト/税理士法人コンダクト/社会保険労務士法人コンダクト) 代表、公認会計士/税理士/社会保険労務士